未来予知ができる構造が少し垣間見えた……?

ディーパック・チョプラ師

ここしばらく、ずっと反復して(意味を理解すべく)見続けているチョプラ博士のDVD『内なる神を知る』。

その中で、繰り返し出てきているのが『神とは光』という表現。

そして、量子物理学や宇宙のドキュメンタリー番組も結構見るようになった今、光と時間の関係について、面白いことがわかってきた。

つまり、未来予知ができる構造はこういうことか?
という仮説が自分なりにできたので、記録しておこうと思うーー
(そしてこれは、きっと未来に創るであろう作品『Dreamers』というSFストーリーの大事な要素となる気がしているーw)

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観察物と観察者の認識の誤差こそが『時間』

最初に大事に思えるのが、時間とは何か という概念。

考えてみれば、私たちが時間だと思っていることは、実は、五感ごとに(どの体の部位で事実で)現実だととらえるタイミングが異なっているからだ。

たとえば、目でみる現実は、地球上であれば、ほぼほぼ同時に起こる。

つまり、
見ているもの(観察するもの)=自分が認識する瞬間(観察者の認識)はほぼ同時。

だから、雷が落ちた瞬間に私たちは落ちたことがわかる。

しかし、耳にとっての現実は、遅れてやってくる。

例えば、雷の場合は実際に落ちてから数秒して耳に到達する。

これというのは、
耳にするもの(観察するもの)が起こってから、
自分が認識する瞬間(観察者の認識)までズレが生じるということ。

ただ、逆に雷のすぐ近くにいる人(別の観察者の認識)にとっては、実際ほぼ同時に起こる。

……つまりこれは、1つの事象(観察するもの)に対して、観察手段(目?耳?)と観察位置(光と音の伝わる速さ)によって、観察者にとって現実化するタイミング(観察者の認識の瞬間)は異なる気がする。

そして、この『事実の始まり(観察するもの)』と、『自分が実際に認識する』までのズレが、『時間』と呼ばれるものだと私は捉えている。

たぶん、これは間違いなさそう。

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空に輝く星たちは数万年前の彼らの姿

この、事実の始まりと自分が実際に実感するまでの誤差を時間だととらえると、非常に面白いのが宇宙。

私が夜、空を見上げて「すごーい」と息をのむほど美しい星空にある星たちのほとんどは、今この瞬間の輝きじゃない。
1光年で1年後の時間軸だから、数光年離れた星であれば、数年前の星の輝きを私は見ていることになる。

つまり、実際には数万年前の輝きでさえも、今、私は目の前にできているという事実があることになる。

(ちなみにこの現象は、宇宙空間では光は一定の光速で進むという性質があるため。
よーーーーっぽど離れた宇宙の中にある星の光は、私の目に届くまでよーーーっぽどの時間を要するってわけ。)

……まず、これがすごいなって思った。
過去と現在が今、私には同時に見えてるってことになるもん。

だからアインシュタインは、

過去・現在・未来という考え方は幻想に過ぎない。
—アルバート・アインシュタイン(物理学者)

って言ってたのかー、と、今更実感の私w

考えることと行動との間にある間隔が『時間』

ちなみに、チョプラ博士が以前オススメしていた本で、今ちょうど私が読んでいる本に、こんな表現がある。

時間とは、心理的な時間の事です。
それは考えることと行動の間にある間隔(インターバル)です。
考え(観念)は明らかに自己防衛のためにあります。
それは安全という観念です。
行動は常に即座です。
それには過去も未来もありません。
行動することは常に現在にあります。
しかし行動はあまりに危険で不確かなので、私たちは一定の安全を与えてくれるだろうと期待する観念にすがりつくのです。
—J・クリシュナムルティ『既知からの自由』より

この表現、なるほどなーと思った。
というのも、結構心当たりがあったから。

例えば「退屈だなー」と思ってる時、「あーイヤだなぁ」って思ってる時。

その瞬間に「じゃあこうして現実を変えよう!」と即座に行動する人には、この退屈や不満なひとときは一瞬で終わる。
何せ、行動することは不確実な何かを起こすことなので、相当な意識や注意力が必要とされ、精神が退屈してる場合じゃなくなるから。

逆に、退屈や不満を感じていながらも何も行動しない人には、その時間は長く感じられる。
そして、同じ変化しないことを安全だと感じて、ただし精神はずっと同じ状態だからこそ退屈や不満を何度も繰り返し考え、その思いが強まる。

つまり、この作者の言っている間隔というのは、こういう心理的な時間の事を言うんだろうなーと。

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アインシュタインの相対性理論と心理的時間の関係性

ところで。

アインシュタインの相対性理論によって、光速に近い速さで動いた物体は、ゆっくり動く物体よりも物理的な時間の経過が遅くなるってことが証明されてる。

っていうことと、さっきの心理的時間の2つを掛け合わせると、こうなる。

その人物の特徴 物理的時間
(相対性理論)
心理的時間
動きが多い人 時間の流れが遅くなる 時間が短く感じる
動きが少ない人 時間の流れは速い 時間は長く感じられる

パッと見ると、真逆の事を書いてあるように見えるんだけど、実はこれ、すべて正しくって、矛盾はないと私は思うんですー
(私は両方身をもって学んできたことであって、ずーっと解きたかった謎だったので、非常にうれしい!)

というのも、ちょっと上記説明だと、視点がバラバラだから、統一感がないように見えるだけだから。

例えば、動きが多い人が全体を見た場合にまとめてみる。
(つまり、行動が多い人=観察者)

動きが多い人から見た自分と他者

その人物の特徴 観察者から見た物理的時間
(相対性理論)
観察者から見た心理的時間
自分
=動きが多い
(観察者)
時間は時計通りに流れる
(物理的時間は一定)
時間の経過を早く感じる
=「気づけばあっという間」
振り返ると濃厚だと感じる
=多くの経験をしたため
他者1
=動きが多い
(観察者と同行動量)
時間は時計通りに流れる
(物理的時間は一定)
同じ時間経過の感覚を得る
=「お互い早かったねー」
他者2
=動きが少ない
時間の流れは速い
(例・観察者の1秒で1.2秒進んでる)
→動けば早く見える
※行動量が観察者と同量
=時間の流れは一定化
(速い→遅くなる
という変化に見える)
相手の動きが遅く見える
=時間の経過が遅く感じられる
(自分の30分が40分に見える)
※行動量が観察者と同量
=他者1に対する感覚と同じに

↑これが、どちらかというと即行動派の私から見た世界。

私はよく、周囲の人を見ていて、「そんなに時間があるのに、なんでそんなに動きが遅いの?!」と思っていたんです。

ところが。
周囲にそのことを話すと、「いや、そっちが忍者のごとく早すぎるだけでしょ、普通の人はそうはいかないよ」と言われたんです。

……??

ずっと私はこのやりとりに疑問を感じてきました。

しかし今回の理論を聞いて、「だからか! 私(自分)から見ると、他者2がゆっくりに見えるから、私にはそう感じられたんだ!」ということがわかったんですよねー。

そして。
逆を見てみることで、周囲にとって私がどう見えていたかもわかりました!

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動きが少ない人から見た自分と他者

その人物の特徴 観察者から見た物理的時間
(相対性理論)
観察者から見た心理的時間
自分
=動きが少ない
(観察者)
時間は時計通りに流れる
(物理的時間は一定)
時間の経過を遅く感じる
=「まだ10分かよぉ、、、」
反復行動の人生に気づく
=経験した物事が少ないため
他者1
=動きが少ない
(観察者と同行動量)
時間は時計通りに流れる
(物理的時間は一定)
同じ時間経過の感覚を得る
=「お互い人生長いねー」
他者2
=動きが多い
時間の流れが遅い
(例・観察者の1秒で0.8秒進んでる)
→止まれば早く見える
※行動量が観察者と同量
=時間の流れは一定化
(遅い→速くなる
という変化に見える)
相手の動きが早く見える
=時間の経過が早く感じられる
(自分の40分が30分に見える)
※行動量が観察者と同量
=他者1に対する感覚と同じに

つまり、行動量が私より少ない人から見ると、行動量の多い私の動きが早く見える(忍者のごとくw)っていうのは事実なんだなーと。w

もちろん、相対性理論は宇宙規模でごくわずかな量しか変化しないくらいでかーーい単位での話ですから、時間の誤差はそうたいしたことないかもしれません。

しかし、私自身がこの30年弱を超濃厚に過ごしてきた経験は、すべて他者とは別の世界になっていたからだったんだなーという理由のいったんが物理的・心理的に理解できたことは非常に大きかったなーと思います。

あ、ちなみに。

悩む人ほどつらい人生だと感じるワケ

さっきの表によって、おおよそ思考と行動のギャップが大きい人には時間の流れが遅く感じることがお分かりいただけたかと思うんですが、私は、世間のまじめに悩む人ほどつらい人生だと感じるワケは、その時間の流れの間に何をしているか、に起因していると思っています。

考える人、つまり行動しない人は、現実を変える行動をしないままに考え続けます。

特に悩みについて考え続けるため、過去の悩みが現在と未来の自分の時間を占領するんですよね。

で、行動量が少ないから、時間の流れが遅く感じられる。

つまり、自分がつらいと感じる時間が増加することで、心理的負担もますます加速するという……負のスパイラル。

ちなみに。
私も過去はそういうトラップにはまった時期もありました。
ですから、その苦しい感じもわかります。

ですが逆に、行動を起こして現実を変えていけるという不確実性への挑戦を始めて結果を出せることを知ってからは、怖いけど、踏み込むようになりました。

現実が自分の思考の中で負のスパイラルを回り続けるよりは、どうなるかわからないけど良くなる可能性を秘めているアクションを起こすってことが、実は未来を切り開いて変えていけるんだということに気づいたからです。

思考は現実化するとよく言いますが、固執しない思考じゃないと、苦しい現実化になるとも言えるなーと、私は経験からそこは思いました。

さて。
ここまでを踏まえて、本題。(遅っww)

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未来予知ができる仕組み

チョプラ博士のDVDでは、透視能力者は未来に波長を合わせることで、起こりうる出来事を予知すると言っていました。
しかし、絶対ではないと。

なぜなら、そこにはそのそれぞれの瞬間に起こりうる無限大の選択肢の中からいろんな人がいろんな選択肢を選ぶことで、現実は変わるからだと。

そして、冒頭からあった時間と速さの関係を知って、私がふと、すべてがつながったな、と感じた事。

それは……

流れている光の模様を捉えたとき、そのコトそのものが未来予知なんじゃないか?

ということ。

というのも、私たち人は現実を視覚的に捉えることが多いです。

そしてその視覚的現実の正体は、です。

目が捉えているのは光だから。

しかし、それだとすると形があるかないかは?って思うかもしれませんね。

何せ、「物体として存在してるかどうかによって、現実は異なるだろう?」と。

でも、私は今この瞬間に存在しているかどうかという物理的なことは、光という模様に比べれば、とるに足らないものだと思っています。

何せ、ここで量子物理学(あぁ、しまった事前に説明するの忘れてた、、、)の量子もつれが登場するからです。

先に、量子もつれとは

超簡単に言うと、遠く離れた2つの粒子に関して、一方の粒子についての観測が、もう一方の粒子の観測結果に影響を与えることがあるという現象のコトです。

[ 引用元: ]

これってすごーく不可思議な現象でしかないんですが、つまり、一方を観察したときにその結果がもう一方に反映されるというもの。

ただ、これは一方を観察したときにのみ起こる現象なんです、ってところがミソ。

というのも、例えば2つの同じ箱に違うものを入れて、北極と南極へ郵送します。
普通は、もう梱包された時点で、一方の中身は決まってると考えられますよね?

ところが!
そうじゃないんです。

観察されるまでは、どっちの中身もまだ決まってない、んです。

つまりこの例を量子もつれの理論で表現すると、

北極が開封された時点(=観察された時点)で南極の郵便物も決まる

っていう理屈となり、配送途中(=観察していない状態)ではどちらに何が入っているかはわからない、っていうんです。

そんなバカな!配送された時点で中身は決まってるに決まってる!

……そう思ったあなた、あなたには強い味方がいますよ^^
実はこの理論、かのアインシュタインも「そんなバカな!」って反抗したんです!

ところが。

アインシュタインの反対は空しく、実験によってこの「一方が観察した瞬間にもう一方が決まる」という事実が正しいと証明されてしまったんです。

これが、量子もつれという現象です。

ちなみに、この実験が行われたのは量子レベルの世界。
ものすーーーーんごく小さい原子よりも小さな世界での実験によるものです。

で、これをもとにして……

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流れている光の模様に対して量子が働き現実化する……?

つまり、私が光さえ捉えられれば未来予知になると思ったのは、その光のイメージそのものが、量子レベルで別の空間にある何かに影響を与えることで、その光のイメージが現実化することが起こりうるのでは?と思ったからです。

思考は現実化するとよく言いますが、それだと「自分の都合でこういう欲望を満たしたいー」というのさえ、なんでも叶う必要があり、現実に正確に起こるわけじゃないと思うんです。

ところが、実現する場合もある。

その不確実性に挑むとき、何がネックになってるのかなーと思ったとき、チョプラ博士は『光』だって言ってたんです。

で、私の場合、その光の正体って何なんだろう?って思いました。

そして、今回ふと、(いわゆるひらめきとやらですねw)思いついたのは、いわゆる思考する中で出てくるイメージ(光の模様)なんだなーって。

チョプラ博士は動画の中で、人間の脳は自分が実際に体験していることと思考上で起こっていること(過去回想等)を区別しないと言っていました。

つまり、そのイメージがリアルであればあるほど、自分自身にとっては現実であることとあまり変わらないってことです。

この創造力こそが人間の最強のチカラであり、人間が神性を秘めているという意味なんだろうなーというのが最近の私の結論なんですが、だとすると……

量子もつれの動きが加われば、確かに、光のイメージが実現化することはありうるんだろうなーと思っています。

よって、未来予知というのは、やっぱり流れている光の模様を捉えるコトなんだろうなーと。

(ちなみに、その流れている光に、良い悪いはないかと。
というのも、実は私、何回か予知夢を見てる人間でしてw
なので、わかるのです。
良い悪いというレベルではなく、未来予知とは、未来のとある場面が映し出されるだけなのだということが。
そしてこういう現象が気になってしょうがないのです、なぜなら自分自身の体験として、事実だから。
他人じゃない、自分に起こっている事実だからですね。)

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波長を合わせれば未来が見える?

徐々にファンタスティックで非現実的な表現になってきたので、「ウソじゃないの?」と思うかもしれませんね。

はい、私もそうである方がいいんだろうなーとは、思います。笑

ただ、自分自身が時間に対して感じる日々の疑問や、この何度か起こっている予知夢の正体

あとは、本当にしょっちゅう、身の回りでシンクロニシティが起こるんですよね。

あまりに偶然の一致にしてはありがたすぎることが多く、かつ、確かに私の思考が現実化した結果だろうなーーとも思うがゆえに、日常の不思議現象を理屈(科学的な論理)でも理解できたらよりいいなーと思って、最近はいろいろ考えたり、こういう勉強をしたりしています。

もちろん、あんまり頭がいい方じゃないので、ちょっと解釈おかしいかも?ですが。。。苦笑

(そして余談ですが、別コーナーの内容もそろそろ記事化していきたいんですがねー。
ちょーっと、今追いついていないという悲しい事実w)

……むむ、徐々にずれてきたので、まとめ!笑

未来予知は意識が捉えた流れる光が量子レベルで現実に影響するコトかも

私の全ての経験と学びから、現時点で出せる結論はこの見出しの通り。

未来予知能力がどんどん高まってきたら、見えるものも増えるんだろうなーと。

ただし、それは可能性の光に過ぎず。

それにこだわり(固執し)続けると、今この瞬間にそれよりも全体の成長によい何かがやってきても気づけない可能性もあると思っています。

なので、未来のイメージも大事にしつつ、現実にもたらされるすべての可能性やありがたいご縁に感謝してあやかりつつ、日々、自分にできる行動は行って、時間を有意義に使うコト。

もしかしたら、私にはこれで十分なのかもしれませんーーー

ただ、面白いので未来予知能力は日々磨けるよう、瞑想は続けてまいりまする~~♪

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Posted by Mao